長野県の東信州を2本な街道がある。中仙道と北国街道だ。
現在のこの地域も、この街道を中心に発展してきた。
今回、望月を歩いてみた。いつも車で通り過ぎてしまっていた望月宿なのだが、今回ゆっくりと歩いて見ると、まだその当時の面影がしっかりと残っている。重要文化財の建物や、脇本陣などがその当時の賑わっていた宿場の記憶を今に蘇らせてくれる。
信州でゆるりと暮らす旅
長野県の東信州を2本な街道がある。中仙道と北国街道だ。
現在のこの地域も、この街道を中心に発展してきた。
今回、望月を歩いてみた。いつも車で通り過ぎてしまっていた望月宿なのだが、今回ゆっくりと歩いて見ると、まだその当時の面影がしっかりと残っている。重要文化財の建物や、脇本陣などがその当時の賑わっていた宿場の記憶を今に蘇らせてくれる。
長野県の東信地方は、浅間山麓と八ヶ岳と北と南の山に囲まれています。北は菅平高原、湯の丸高原、高峰高原。南は八千穂高原、蓼科高原、美ヶ原高原と季節を通して自然豊かな景観が楽しめる観光スポットの宝庫です。
そんな中から今回、八島湿原(美ヶ原高原)、池の平湿原(湯の丸高原)、白駒の池(八千穂高原)を「東信さんぽ日和」に紹介しました。
追分宿から分かれ、長野に向かう北国街道の宿場の中から今回、「海野宿」「上田城下・柳町」を追加しました。
中山道から、「望月宿」「茂田井間の宿」を追加しました。
どちらも、当時の面影を今に残している。
アサマdeドットコムでは、「東信さんぽ日和」コーナーを通して、東信の魅力を発信しています。
今回は中山道と北国街道が分岐する場所、信濃追分宿をご紹介します。
ここは、中仙道の江戸から数えて20番目の宿場。ここから北国街道へと分かれていきます。
中仙道は六十九次で、江戸から軽井沢宿(18番目)佐久市に向かい望月宿(25番目)、茂田井間の宿、立科にから和田峠、最終は京都に続く街道です。
今回、改めてカメラ片手に、東の端にある駐車場に車を止め、歩いてみました。
ゆるやかな石畳の道が宿場の風景に馴染んでいい感じです。
古道らしい舗装が、途中から現代の舗装に変わっていく…

そんなさりげない「時間の変化」が、この町の記憶を物語っているようでした。
追分郷土館は休館中でしたが、そのたたずまいに、「ここから歩き始めたら、きっと違う風景が見えるかもしれない」と感じました。
道沿いには、小さな神社、お寺、そして今の人の暮らしと交わるおしゃれなお店。


古い郵便ポストがひときわ目を引きます。
当時の建物は少ないけれど、この町には、
“風が通り抜けるような優しさ”がある。
ただ歩いているだけなのに、ふと、心が落ち着く不思議な場所でした。
追分宿の魅力をまとめて見ました。旅の参考になったら幸いです。
信濃追分宿(しなのおいわけじゅく)は、中山道と北国街道が分岐する地点として栄えた宿場町です。現在の長野県軽井沢町に位置し、江戸からの中山道六十九次の第21番目の宿場として、また北国街道の起点として多くの旅人を迎えました。分去れの碑や文学ゆかりの施設も残る、歴史と文化の交差点です。
こんにちは、アサマdeドットコム編集部です。2025年5月の更新情報をお届けします!
上田駅周辺の散策スポットをまとめたガイド記事を公開しました。
上田の街並み、グルメ、歴史的建物を1日で楽しめるモデルコースを写真などで紹介予定。
2015年に制作した、「きままに宿場歩き」追分宿、茂田井間の宿、海野宿、柳町を「東信さんぽ日和」散策記録を に移転し、地図(Progress Map)と連携し紹介していきます。
歴史ある宿場町の魅力がリアルに伝わる記事として再編集しています。
アサマdeドットコムに東信の魅力発信のための二つのコーナをスタートします。
一つはYouTube「信州の里山に暮らす:12カ月のレシピ」です。
昨年スタートした、このYouTube企画は、信州の東信地域の郷土食を実際に作り、YouTubeのレシピ動画にしてみようとはじ9めました。企画調理は東御市の横堰地区で自然食レストラン「麓花tabule」のシェフ、粟津さんです。そいて撮影は、アサマdeドットコムの管理人の私が編集も含め担当しています。実は、サブサイト「アサマdeLife」に掲載してきましたが、本サイトが完成しましたので、こちらに移転することになり「里山の暮らし」として再スタートとなります。
そして、こちらもサブサイト「アサマdeLife」でスタートした企画「東信の旅」こちらもリニューアルとなります。「東信さんぽ日和」としてアサマdeドットコムに掲載していきます。

どうぞよろしくお願いいたします。
「きままに宿場歩き」を取材してもらったのは10年前の2015年。あれから10年の歳月が過ぎている。長野県の東信地方は浅間山麓と八ヶ岳連峰の間を流れる千曲川が形成した大地の上に位置する。日本で最も日照時間が長い特徴があり、自然に恵まれ、一年を通して暮らしやすい場所とされ、軽井沢をはじめ、都会から自然を求めて沢山の観光客が訪れている。ここに生まれ育ち生活していると、当たり前になってしまっているのだけれど、この地を紹介していこうと決めたのにはやはり訳がある。そんなことを書きながら、このブログを進めていくことにしようと思っている。
多分、ここに辿り着いてくれた方は、このサイトを何故作っているのか?そんなことを考えるかもしれない。
このサイトが出来たのは、趣味でやっていた、音楽がきっかけだったかもしれない。懐かしい名前になるが、「The Spirit Live」という小さなライブイベントを企画したことから始まるのだが、1985年ごろになるからずいぶんと昔の話になるが、そこでライブ情報の拡散をするためには?そんなことを考えている時、東京から出演者を呼んだ時、オフィシャルホームページを持っていてびっくりした。インターネットはアナログの時代で、写真を表示するのもやっとの時代、文字重視のだったが、ちゃんとデザインされ、プロモーション写真もカッコ良かった!
こんな時代になっているのだと驚いたことを今でも忘れられない。
そしていつかホームページを自分でも作ってみたいと思った。そして今に至る訳なのだが・・・
このサイトができたのは2004年、確か、今はない「リンククラブ」というサーバーを借りて、ドメインを取得した。そして、アサマdeドットコム(asama-de.com)がスタートすることになる。
季節はもう「春」一色ですね。
真田幸村で有名な、「上田城」の千本桜まつりに行ってきました。前日の日曜日はあいにくの雨。月曜日なので人はいないと思ったのですが、そんなことはありませんでした。

現在上田城は「史跡上田城跡の保存・整備計画を策定」に基づいた工事が進んでいるようです。日本の美しい景観を後世に引き継いていくことはとても意味のあることですね。
参考ページ>(上田市公式サイト)

そして、上田駅まで桜を見ながら散策してきました。

上田と言えば、「真田幸村」ですね。上田駅の前には立派ま馬に乗った幸村像が観光客を迎えています。
そして、歴史のまちの玄関、上田駅も撮影してきました。
しなの鉄道:小諸駅は小諸城のすぐ目の前、坂の町こもろは、小諸駅から浅間山に向かって登っていくように町がつくられている。そして小諸城は駅よりさらに下にある。この城は日本でも珍しく、城下町より低い場所にあるため穴城と呼ばれている。
そして、その城の南には千曲川が流れ断崖絶壁となっている。その地形を利用して建てられたのが小諸城がある。まるで天然の要塞と言うわけだ。

小諸城には、今2つの門が残っている。その一つ大手門。
アサマdeドットコムの「東信さんぽ日和」を絶賛配信開始!!。
よろしかったらそちらもご覧ください。今回は小諸城の風景を撮影し、歴史的な背景も探ってみました。今後も東信の魅力をお届けします!
東信を走る「しなの鉄道」駅一覧
坂城・テクノ坂城・西上田・上田・信濃国分寺・大屋・田中・滋野・小諸・平原・御代田・信濃追分・中軽井沢・軽井沢