スキップシティ国際Dシネマ映画祭

スキップシティ
スキップシティ国際Dシネマ映画祭のアニメ部門の審査員に任命され、7月18日オープニング、7月26日無事終了!
一作曲家が映画作品の審査という重要なお仕事を依頼されとてもとても光栄で責任も感じました。

西川口にあるスキップシティには思い出があって、2003年に映画『ドラッグストア・ガール』の仕上げ作業を行った。そして2013年の5月から7月にかけて映画『舞妓はレディ』のオープンセットでの撮影が行われた。今度は映像ホール等での作品上映、パーティ、審査と4回足を運んだ。

アニメ部門、ここではレベル高い作品が多く和田敏克審査委員長と迷いつつもほぼ意見が合い最優秀作品賞、奨励賞、審査員特別賞を選んだ。最優秀作品賞は朴美玲監督の『夢かもしれない話』で日常である設定の普通のお茶の間から外に出て事故に遭い他界・・・暗闇でカエルに導かれて自分の過去を巡る。ノスタルジックだが淡々とした音楽がそっと寄り添う、盛り上げたりしないのがセンス良い。映像もパノラマ的アングルで横移動するこだわりの映像設定が光った。奨励賞の木畠彩矢香監督『息ができない』はサンドアニメーションの質感が手書きの淡い感覚、しかし内容は深い。2作品とも若き女性監督で2つとも「死」がテーマになっていた。アート系のアニメはほんとうに素晴らしい作品多いです。

実写の長編作品は外国映画が独占した。審査員、プロデューサーからは日本映画と外国作品の差があまりに大きく苦言を呈する、という厳しい総評となった。若き日本人監督の今後の進化を期待します!

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アブナイ政権の愚劣行為

安保法制を強行採決、衆院通過。この法律によって戦争へ一歩近づくアブナイ国への移行、そしてそのやり方はアベ首相とその政権が憲法を操るといった民主主義に対する冒涜とも言える行為と言える。本来なら憲法改正といったプロセスを踏んでやるべきところ、それが不可能と判断し憲法解釈の中で、つまり立憲主義に反して、国民主権の憲法をイチ政府がその上に立つといった行為と言える。

今度の安保法制の論議は100時間を超えたとのことだが、全部で11あるので、論議が多いとは言えない。
この安保法制はこの国にとっての根幹を揺さぶる大事な大事な問題なので、与党が圧倒的多数とは言え、世論調査で50%近い反対の数字が出ていることを考慮しなければ、余りにも乱暴な政治と言える。
アベ首相は国会以前にアメリカでこの法律を通すことを約束してしまい、それに合わせるというアメリカ様寄りのやり方は国民を愚弄するもの。先進国でもその国の独自な生き方考え方があってよいと思う。それを外交努力で世界に理解させていただきたい。戦後70年、一度も戦争をしないでやってきたこの国の独自のやり方は悪くなかったはず。

この政権首相を選んだのは国民。選挙でこの党に投票した方々が多くいるということだが。だがしかし昨年の選挙は消費税の10%への移行を変更するというアベノミクスが論点でその是非を問うものだった。全く集団的自衛権などのことが選挙の論点でなかった。アベとその一派の姑息な政治手法はいかがなものか。
アベ一派のマスコミ言論弾圧的な話が出てきたりファシズム全体主義国家の有り様に近い。自民党にもそうじゃない政治家がいるはずなのに。公明党も支持母体は今回の流れを必ずしも良しとしていないようだが、完全に権力にすりよったままで情けない。

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あきれた議員たち

自民党の大西、木原議員の発言には呆れた。民主主義の崩壊になってしまう。大西議員などは厳重注意の後もまた同じ発言を繰り返した。
「マスコミを懲らしめる」
「マスコミを懲らしめるために経団連から圧力をかけてもらって広告を途絶えさせ表現の自由を奪う」という、
これは旧ソ連とか北朝鮮とか独裁政権国家、全体主義国家ファシズムのありようになってしまう。
表現の自由は民主主義にとって最も大事な権利。この人達は今権力側にいるので、そう言った発言をしているが
逆になったらどうするんだろう。
アベは木原議員の役職停止に不満らしい。この人とその仲間達は日本をアブナイ方向に舵を切っているとしか思えない。
この人達に投票した方々がいるわけだから、そういうことも考慮にいれて選挙に行ってもらいたい。
彼ら議員は全く反省などしていない。自分のほんとうに思っていることを言っただけだからだ。
沖縄の2つの新聞を潰せ、も全く酷い。
今起こっていることは民主主義にとって重大な悪い事件だということ。もっと追求されるべきことだ。

経済のこと、景気の上昇が現実的には大事という人々が多いかもしれない、という影でもっともっと大事なことが悪い方に向かっているいることを知って欲しい。

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上半期を終えて、今日は7月1日。風雨と晴れ間がのぞく東御の空。

5月半ばの童謡アプリの録音から6月のライブに来てくださったみなさま、スタッフのみなさま、ご縁をいただきましたみなさまに感謝いたします。

6月はライブが続いて、体力的にどうなるかと思っていたのですが、
終えてみますと心配することなどひとつもなかったのです。
野外ライブ、ホールライブ、カフェライブ、古民家、蔵、スタジオといった会場で私は私の歌を歌う。
いろんな分野の方と出会うたびに思ったのは、その人のどんな部分と繋がりたいと思っているのかという問いのようなものでした。
人は多面的。
関われない部分もあって然り。その面で関わらなくとも探れば必ずわかりあえるところにでくわします。
これ発見。

怒涛の6月最後の日。30日は夏越の大祓いに伊勢の椿さんに行ってまいりました。
水量半端ない椿大神社の滝に入るときはいつも怖くて、これは何度経験しても怖さに慣れることはないです。
それでも続けている理由は何なんでしょうね。
よくわかりません。
よくわからないから続けているんでしょうね。
わかりきったことなんか面白くもなんともないのでしょうね。

椿さんの滝に肩から入っていきますが、昨年は飛ばされて3回チャレンジするも入れなかったです。
今年は滝に入ることができて、手を組むことが出来ました。
全然かっこよくないです、わたし。
全然きれいじゃないです、わたし。
滝に入るのは若いひとだけじゃなくて、筋肉が衰えた高齢者も入ります。
高齢者といっても若い頃から滝行をしている方たちだから許可されているのですけれど。
どんな思いで滝に入っているのかを知る由はありません。
そこは聖域。興味本位で気軽におしゃべりするなんてとんでもないっす。

滝を経験した友人たちといろいろ話しはするのですが、
滝の経験は人の数だけあるのだということがわかるだけです。
その人の顔つきが柔らかくなってるなと感じるくらい。
恐怖を乗り越えたからなのか、忌汚れが取れたのか、それも他人にはわかりません。
私は滝に飛ばされる自分も、かっこよくない自分も、きれいじゃない自分もぜんぶ私なんだということがわかったというところ。
そういう自分を好きになれずに認めてこなかった人生ですから、滝でやっと自然界の一部になれた感覚。
私のたわごとです。

7月に入りました。
2015年の折り返しです。
滝にご縁を感じらえる方は7月20日に小諸にある不動の滝で滝開き神事があります。
初心者でも参加できますが、いくつか約束事がありますので参加希望の方は私のFBでもいいのでご連絡を。
滝は行のひとつですから真剣に挑んでくださいね。

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