私とネコとコタツのまいにち。

北側の屋根の雪は凍って落ちそうもありません。
このまま春までどっしりと居座る感じ。
東側の雪がどさっどさっと落ち始めまして、人ひとりが通れるような道を塞ぎつつあります。
遭難しないように雪の気配を感じつつ、ささっと通るのがコツ!
私とネコとコタツのまいにち。

今日は根菜酒粕カレーを作りました。
根菜と豆。
ストーブの上でコトコト炊いた豆はふっくら。
部屋中に豆の炊ける匂いがしてシアワセ。
半分は塩麹に漬け込んで漬け物風に。
残りを千切り生姜、野菜と一緒に玄米味噌で煮込みます。
酒粕ペーストとカレー粉と醤油で味付け。
ものすごく簡単で温まるカレーの出来上がりです。

酒粕ペーストは寺田本家の蔵人のなかじさんのレシピで覚えてから冷蔵庫に欠かせない調味料で、本当に美味しいです♪
酒粕と同量の水を火にかけて、総量の1%の塩を混ぜて出来上がり。
和え物に使ったり、スープに使ったり、重宝してます。

マクロビオティックは乾物をよく使うのでストックはあります。
雪の日は乾物を戻して、豆を煮て、発酵食品を上手に活かして暮らします。

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もう雪かきとかいうレベルじゃない・・お手上げ。

もう雪かきとかいうレベルじゃない・・お手上げ。
「六根清浄・おそうじの会」も残念ですが中止となりました。
大事な用事や仕事でお出かけしなければならなかった方たちには本当に過酷な一日でした。
おつかれさまでした。

昨日の雪で中止の確立は高かったのですが、
わずかな望みをもちつつ、参加されるみなさんに食べていただくお料理を楽しく作りました。
ちなみに今回のデトックスごはんのメニューは次のとおり。

玄米粥
根菜多めのお味噌汁(昆布だし)
ごぼうの梅煮
切り干し大根とひじきの煮物
小松菜のお浸し
漬け物

立春過ぎましたが、体を温める根菜はまだまだ取り入れたい食材。
けれども上に伸びるエネルギー、軽いエネルギーも少しづつ取り入れたいのです。
火の入れ方や茹で時間などでもバランスを計りながら料理しました。

次回はお楽しみに!!

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今、片付け大作戦!

節分過ぎて、春。新しい年が始まりました。
そして 我が家(実家)では今、気合を入れてお片付けをしています。

年末に雑巾を凍らせながら、大掃除はしたのですが、今改めてお片づけ!
まだ雑巾は凍りますね・・・。

両親が東京武蔵野から、小諸に引っ越したのは昭和58年ころ・・・それから、手付かずの・・・あかずの間ならぬ、開けられずの扉あり。

物持ちの良い(よく言えば)です。
私のもので言えば、小学校プール使用のバスタオル、あり。
部活ユニフォームあり。
七五三衣裳あり!凄い!

出てくる出てくる・・・タイムカプセルだぁ!
 当時は大切だった物もいざ対面すれば、不必要な物に変わっています。

改めて思ったのです。
使う?使えるなら、今。使おう!再び仕舞わない!
今使わなければ、先も使わない。
そのとき必要な人がいたら、託そう!
捨てたくないなら、使う努力をしよう。

そして唸ってしまう物は、ひとまず車庫へ。

まだまだ続きます。
 

いま繰り返し読んでいるのが
禅が教えてくれる 美しい人をつくる《所作》の基本 著者:枡野俊明
 
おもしろいです。

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「六根清浄・おそうじの会」お誘いです♪

2月の「六根清浄・おそうじの会」は15日です。

お掃除の語源を探ってみました。
掃除の掃の字。
”てへん”に”ほうき’は、なるほど手に箒を持つ姿。
掃除の除の字。
”こざとへん”に”あます”はちょっとムツカシイ。
”こざとへん”は神が降りて来るはしごという象形文字からきています。
そして”あます”とは、残らず、すべてという意味です。
掃除とは、残さぬよう、すべてを自分で掃き清め神が降りてくるはしごを築く・・とも言えます。

でも、おそうじの会でみなさんと掃除するのは正眼院さんのほんのちょっぴり。
物理的に広いお寺を”残らず、すべて”お掃除するのは無理なんです。
修行としてのお掃除を期待していたみなさん、ごめんなさい。

しかし、自分の中は確実に”残さず、すべて”掃き清めることはできるのです。
一瞬だとしても。

坐禅体験は普通の半分の時間で20分ほどです。
お尻の下には専用の硬いクッションを敷きますから、足はしびれません。
自然と骨盤が立つ格好になるので、背筋が伸びます。
その姿勢はまさしく仏さまと同じ姿ではないかと。
姿は真似できても煩悩だらけなので、心の中はうるさいです。
それを無理矢理消そうとしなくてもいいと方丈さまはおっしゃいます。

もういやだっ!
使い古した感情や自己憐憫。
必要のない感情。
もういやだっ!
そんなものを持ってることを知るのは始めはちょっと辛いかもしれません。
でも仏さまはジャッジしないのでご安心を。
善い悪いもなく、いつも穏やか。
どんどん出て来る感情や思考には、捨てる前に知る必要があるってことなんじゃないかしら。
今は捨ててしまいたい感情かもしれないけど、去ってもらう感情にもありがとうと言いたいです。

吉祥美玲恵さんはアサマdeコラムでもご一緒の舞台俳優で、お寺に残るお話を読み聞かせてくれます。
不思議な話、ちょっと怖い話、子供たちは目をまんまるくして聞いていましたが、私は大人泣きしました。
物語の底辺には人間の欲やエゴがありますが、それも当たり前にあるものとして自然に受け入れたとき、そこでは教えが生きてきます。
この世の中で起きる複雑な問題は、恐怖や不安から欲やエゴが生まれ、自分が何者であるかをわからなくしてしまっているから。
今いちばん掃除しなければならない場所とは自分の心であることがわかります。
親子で参加されることをおすすめしたいです。

方丈さまの奥さまと私は食事担当。
料理はことわり(理)を計るという意味です。
そのためにマクロビオティックの原則「身土不二」「一物全体」に従います。
体が必要とし、かつ燃え残らない食事です。

自分の中を掃除し、
もう必要としない感情、自分を傷つけ弱める感情は捨てて、
空いたスペースを何でいっぱいにしようかとワクワクしながら創造しよう!

締め切りは14日です。
ぜひご参加くださいませ!!
無料です♪

https://asama-de.com/feelgood/modules/spot/index.php?lid=87&cid=12

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宝塚版Shall we ダンス?

映画『Shall we ダンス?』が宝塚歌劇団のミュージカル芝居としてリメイクされた。 映画劇中の音楽をいくつかそのまま使用したり、今回用にアレンジversionでの使用、そして僕は今回の為に新曲を3曲作曲依頼受けた。全体の音楽を統括するのは宝塚の手島さんという作曲家。 先日観劇した。俳優の竹中直人さんご夫婦も一緒で、映画で竹中さんの役をやった夢乃聖夏さんのお芝居がある意味竹中さんを意識しつつさらにデフォルメしていてとても面白かった。 しかし凄いです、『Shall we ダンス?』という以前に何と言っても宝塚のあのムードは他にないです。 このお仕事依頼を受けた昨年の春に『ベルサイユのばら』の公演を観劇しましたが、それはほんとうに今まで知らない別世界に連れ込まれた感じで衝撃的ではありました。 20年前にも宝塚の舞台を観劇していますが、今回は自分が関わってということで新たな気持ちで見たというわけです。 『Shall we ダンス?』は舞台をイギリスという設定に変えてはいますがほぼ映画原作に沿ったストーリーが展開。ミュージカルシーンが散りばめられいく展開になりました。 公演終了後に主演の壮一帆(そうかずほ)さん、愛加あゆさん、早霧せいなさん、夢乃聖夏さんらとお会いししました。 それも第2部のレヴュー後だったので背中に羽をつけたままの衣装でのご対面はまるで夢の世界に引き込まれたかの如くでした。作曲家人生30年以上になりますが、まさか宝塚の音楽を担当するなんて、いろんな経験できて興味深きものがあります。 男役の俳優さんかっこいいデス。

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ギルトフリー

節目の節分祭は小諸の正眼院さんでお念仏をあげてもらいました。
1時間にも及ぶお経の意味は理解できずとも頭を垂れて手を合わせて聞いていると、
有り難い気持ちでいっぱいになるんですね。
気が付けば本堂いっぱいに集まった方々とひとつになったような、
魂と呼んだらいいのか、肉体ではない何か、宇宙的な感覚が呼び覚まされる感じです。

今朝、ネットで見つけた「ギルトフリー」という単語。
Guiltyという単語から派生した造語なのか・・
これは罪悪感をもたないという意味なのでしょう。

罪悪感。
これはですね、マクロビオティックを始めた頃に私がとても手をやいた感覚です。
「あー食べてしまった!」「これは体によくないってわかっているのにやめられない」
決まって襲ってくる後悔というヤツ。
食べ物に限らず、スキあらば裁き、それを糧に生きている存在は何なのか。

私がクシマクロビオティックアカデミーで実習と理論の講義を受ける中で、
先生が言っていた「ジャッジしない」ということに通じている。
断じて肉がダメなのだっ!という講義は一度もなかったように。

マクロビオティックをする上でいちばん必要のないものなのに、
あたかもいちばん大事なものにように扱っている裁く心と罪悪感というヤツ。
ギルトフリーは私にはマントラのように響き、普く通る状態、すなわち普通へと誘ってくれます。

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