WAYNE SHORTER逝去

カテゴリー: ミュージシャン
投稿者: suoyon

【2023年03月04日】
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WAYNE SHORTER

感謝しかないです、ショーター先生!
(先生って、こちらが勝手に言ってるだけですが)
音楽家としての最大のリスペクトの存在、作曲家、サックス奏者の
ウェイン・ショーター、89で・・・
2018年の遺作となっている『EMANON』(No Nameの逆さ字)は
80代半ばで作ったことになるが、なんとこの攻めの姿勢!
最後まで余裕でスタンダードを吹くとかじゃなくて、作曲家演奏家
として現役でした。グラミー賞を12度受賞ですか、凄い。

とにかくコンセプチュアルな人。オリジナリティの人。こだわりの人。
若いときからすでにオリジナリティが備わっていたような印象。
1960年代にマイルス・デイヴィスのバンドに入ったが、ショーターの曲は
マイルスは一言もダメ出しや文句つけることはなかったとハンコックは言う。
1960年頃にアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズで来日していて
その映像(確かTBSテレビで放映した)が残っているが、その時日本の
ジャズミュージシャンと交流して日本にモード・ジャズの理論的なことを
教えたという。まだ20代のショーター先生、すでにモードジャズの師です。

マイルスバンドにはハービー・ハンコックが先に入っていたがショーター加入で
ショーターの曲がマイルスバンドのメインになるとハンコックも影響受けて
ショーターのモードジャズの最大のパートナーになっていく。

1969年頃僕は高校生で渋谷ヤマハのジャズのレコード(アナログLP)の
定期的なバーゲンに友達と通った。そこで友達の市川がショーターの『SPEAK NO EVIL』(写真)を買った。マイルスでのショーターしか知らないので多分アヴァンギャルドじゃないかと思っていた。(1960年代の新たなジャズはモード派とフリージャズ派に分かれていた、そしてモードについてはよくわかっていなかった)市川が「良かったよ」と。しかし高校生で
流行の音楽に目もくれずショーターの『SPEAK NO EVIL』いいなんて言ってる、
その後のオタクに通じるかもだ。
そこからだ、ショーター先生を尊敬し何十年も聴くようになった。

ショーターはイマジネイティヴで神秘的な、ペシミックでアジア・アフリカみたいな価値観を60年代に持ち合わせていた。アメリカって前向きでイケイケじゃないと、
みたいなミーハー印象があるが、そして同時代の巨匠ジョン・コルトレーンがイケイケの求道者的な音楽に比べ、ショーターはバンドのアンサンブルとか全体でのカラーを大切にしていた。弾きまくれるテクニックがありながら、そうしたプレイはそんなにせず無駄を省き知的なアドリブをしている。
ジョニ・ミッチェルとのコラボも多いが、そういったショーターのアドリブの特徴が顕著に出ている気がする。

写真の『SPEAK NO EVIL』は1964年ニューヨークのルビーヴァン・ゲルダースタジオでのレコーディング。6曲すべてがモードジャズの名曲。
31歳のショーター、すでに50年代のバップを抜け出し自分のカラーの作品を発表している。
フレディ・ハバード、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、エルヴィン・ジョーンズでエルヴィンはコルトレーンバンドのドラマー。3連の小刻みなドラムワークが、マイルスバンドのトニー・ウィリアムスとはまた別の味。
ハンコックのモード解釈は完璧。この時期ハンコックかマッコイ・タイナーって
ことになるが(チック・コリアが出る前)、ハンコックのデリケートで大胆なプレイは凄い。

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