ラリー・コリエル逝って1年

カテゴリー: ミュージシャン
投稿者: suoyon

【2018年03月07日】
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コリエル



ラリー・コリエル逝って1年・・・思い出す1986年東京での名演!

時は1960年代末、エリック・クラプトン、ジミ・ヘンドリックス、マイク・ブルームフィールドっていうギタリスト達が楽器奏者なのにポップのアイドルになった。そこにジャズ側からもロック的な音を出す、つまりジャズギターっていうとクリーントーンなのに歪み系の音色でロック風なプレイで、当時のガキにとってもカッコイイと思える奏者が出現した。

そんなギタリストがラリー・コリエルだ。

思い出すのは1969年頃にフルートのハービー・マンのJazzRockなアルバム『MEMPHIS UNDERGROUND』(コアなジャズファンからはチャラいという評価だった)に参加していて当時の当時の流れであるロック化するジャズに貢献したスタイルの第一人者だった。
僕はその曲「Memphis Underground」を高校の頃演奏してた。僕も高校の時からそういうジャンル超えの洗礼を受けて、結局それが生涯、そのコンセプトが身体に染み込んでる。そして69年のマイルスの『IN A SILENT WAY』でのジョン・マクラフリンなど凄テクのギタリストがどんどん出てくるが、コリエルがそう言うジャンル超えの先陣を切っていたギタリストのひとりだ。Trpのランディ・ブレッカーとイレブンスハウスというフュージョンバンドもやっていた。

1986年のライヴアンダーザスカイ(よみうりランドイースト・東京じゃなくて川崎だった)でのコリエルとアル・ディミオラのアコースティックギターデュオ、というか2人のギター侍の一騎打ちはコリエルの名演のひとつだろう。あまり楽器のテク競争みたいな音楽に基本的には興味ないほうだが、この「対戦」のような一騎打ちはちょっと面白い。
曲はチック・コリアの名曲「Spain」。
ディミオラはすでに70年代中期にチック・コリアのReturn to foreverのelectric系バンドに参加していてテクニック的にはコリエルより遙かに凄いので、誰もがディミオラの勝ちだろうみたいな気持ちで見ていた。
ところがディミオラの綺麗なフィンガリングとミュートやトレモロやあらゆる奏法を駆使した粗つのない華麗なソロの後のコリエルのソロ、、、これが、これが!!テクを超えた熱い熱い心がギターに乗り移って聴くものを圧倒、そして1音1音のダイナミクスの凄さにも感激してしまった。やはり学んだ通りの教科書的スケールとかではない、最後はパッションというか人間力というか・・・コリエルの熱さに圧倒されたのを思い出す。これはYou Tubeにも上がってます。

Trpの日野皓正が1970年代初頭にニューヨークでコリエルと一緒にバンドしていて、コリエルは「自分にはテクニックがない」と日野さんに言う。日野さんはコリエルに「それがいいんだよ指が速く動くだけじゃないよ」みたいなことを言ったとか、、、ですよね。しかしテクないって言ったって普通から見たら相当な相当なテクだけどね・・・ラリー・コリエル昨年2月に73歳で逝去。あの眼鏡と独特の雰囲気が忘れられないミュージシャン。

ちなみに『MENPHIS UNDERGROUND』に参加している他のミュージシャンはチャック・レイニー、バーナード・パーディなど、ソウル系のスタジオミュージシャンの凄いメンツだ。