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カテゴリー: ミュージシャン
(2022年09月13日)
投稿者:suoyon
おおたか静流


シンガーおおたか静流が9月5日に逝ってしまった、肉腫とのこと、信じられない。
一緒にバンドもやったし、僕の曲を歌ってもらったり、おおたかさんの曲をアレンジしたり、
NHKにほんごであそぼ、では数年間ご一緒しました。
あまりに急に、こんな親しい音楽仲間が旅立っちゃうなんて、、、
同い年だし、38年くらいの交流かな。
とにかく凄いヴォーカリスト、尊敬する人、気取らない人、なんでも話せた仲間・・・
一緒にある時代をともにした。そんな時代は終わりなのかと、喪失感にさいなまれる。
ジャズ、ブラックミュージック、歌謡曲、民族音楽を超越してノンジャンルなヴォーカリストとして
唯一無二の存在感は圧倒的な方だった。
数年前にNHKの番組におおたかさんが歌うために作曲した「さよなら」が自分の曲
としては最後のコラボになった。この曲は大正時代の金子みすゞの詩に曲をつけた。
おおたかさんに最高傑作と褒められた、、、ほんとうに「さよなら」は辛い。
カテゴリー: ミュージシャン
(2022年08月01日)
投稿者:suoyon
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ビル・エヴァンスの特集を地上波のテレビでやってたのは驚き。
さすがNHK-ETV。
中身は、ジャズピアニストなのにクラシックの影響が強い、
ということに重点が置かれてた気もした。
エヴァンスのジャズの方の影響も追求して欲しかったけどね。
モード手法のことも出てきた。
ただエヴァンスさんはマイルスとの「So What」(1959)でモードを
提示しながらその後の自分のピアノトリオではほぼモードはやってない。
ライヴ(稼ぎ場所)がほぼ夜のジャズクラブだったので、酒飲み相手にはアートな
モード・ジャズよりスタンダード曲の解釈のほうが酒のつまみになったのか、
なんて思っちゃう。
マイルスも自分のバンドに白人のエヴァンスを入れたのは
1959年当時としては偉いことや。

エヴァンスの左手をと右手を見てるとあまり離れないポジションが多い。
つまり左手の重低音と右手の高音での派手な表現がない。
内省的で知的。それまで(1950年代後半)ジャズというと
黒人、ブルージィ、バップだったが、そういったことを全く変え、普通の人々の日常性みたいな
感覚を持ち込み大げさな表現もない。オレがオレがという感じもなく、
ベースとのインタープレイという言葉が生まれた。
ジェレミー・スタイグやジム・ホールとのデュオも良い。
ジョージ・ラッセルと実験的なことも一応やってる。
ジャズって演奏家の自由な演奏表現が音楽変革をもたらし
歴史を作っちゃうところが面白い。

派手なオスカー・ピーターソンなんかと真逆のセンス。
ハンコックもコリアもエヴァンスがいたから、ちゅうのあるんでしょうね。
1973年に芝の郵便貯金ホールでのコンサートを観に行ったが、その日の演奏が
「Live in Tokyo」になっているのがなんか嬉しい・・僕の拍手も入ってる!

写真のアルバム『Waltz for Debby』の中の「Waltz for Debby」は聴きやすい
ので名曲名演奏となっている。入門的なアルバムかも。
僕はヴィレッジヴァンガードとか、モントルーのライヴとかいろいろ好き。
ベーシストのスコット・ラファロ作曲の
「Gloria's Step」はUpper Structure Triad(上部に非機能的な3和音を堆積)
の使い方などで講師仕事の題材にも使い、お世話になってます!
カテゴリー: ミュージシャン
(2021年09月27日)
投稿者:suoyon
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作曲家の桜井順さんが87歳で亡くなられました。
いや〜ショックです・・・寂しい。

20年程前JASRACの評議員をやってた時に
桜井さんも評議員で、同じ小林亜星さん、野坂昭如さん、
なかにし礼さんのグループに僕も入ってたので何度かお会いしました。
桜井さんはCMの大御所作曲家であり野坂さんが歌った
「黒の舟唄」も書いています。
僕が40年以上前CM音楽を作曲し始めた頃、桜井順さんはすでに
すごい存在でした。
資生堂かなんかのCMでテロップに音楽:ブレーンジャック桜井順て出て、
カッコいい!と。

僕の作曲した曲をTVで偶然聴いてくれ感想を言っていただき
尚且、なんと褒めていただき大変励みに思った思い出があります。
先輩作曲家に褒められるって、けっこう嬉しきことでした。

日本のCM音楽の歴史に必ず出てくる三木鶏郎の冗談工房に
桜井さんもいた方。
とにかくいつもジェントルな感じで接していただきました。
ご冥福を祈るばかりです。
カテゴリー: ミュージシャン
(2021年08月30日)
投稿者:suoyon
BetweemTheButtons (1)

Charlie Wattsのベストな演奏は
まず1966年「Paint It Black」。
勢い若さ感じるし、タムのフィルイン、16分音符の切れ味も鮮明。
曲のグルーヴが8ビートなんだけど、独自なムード持ってる。
ブライアンのシタールもすでに1966年時点でエスニック無国籍だし。
それとマルチレコーディングじゃない時代のドラムのマイキングの雰囲気も
好きです。
「赤い扉を見たら、黒く塗りたくなった」っていう出だしの歌詞(M.Jagger)も
なんか反抗的でロックな感じ、中学生にはバッチリでした。

1967年の「Let’s Spend The Night Together」「She's A Rainbow」
で16分音符のフィルイン。
スネア、タムをダカダカダカダカっていうの中学生の時好きでした。
「She's A Rainbow」はクラシカルなキレイなピアノで
曲で始まって、ミックの歌がだんだんメロディを
崩していきいつものR&B風な感じが、
中学生の頃はやはりオトナ社会への
反発がいいと思ってるので、メロディがキレイでセンチなのより
そっちに行っちゃったデスワね。

1969年のロックの名曲「Gimme Shelter」での
曲の展開小節での4分音符のフィルイン。
フィルイン、ってドラマーの見せ所だから、カッコいいフィルするとか、
テクに走って当然なんだけど、4分音符で行くなんて!ある意味、
ワビサビの極地!
細かい音符でテクに走るとそれは個人プレイの凄さなんだけど
大きなフィルインは曲になる、っていう法則を30年前発見しました。
大きなフィルは、それはもう曲の一部になっていくんです。
テクニカルなプレイは個人技の凄さ、として残るんです。
チャーリー・ワッツはテクの凄さとかじゃないから、でもこういうところで
曲に貢献してるのです。

1972年の名作「Exile on Main St.」で速いロックンロールに
ブラシ使うのなんかは
ジャズやってたから出たアイデアでしょう。

名曲「You Can't Always Get Whta You Want」(1969)は
ドラム叩いているのは
プロデューサーのジミー・ミラーでドラムとてもいいです。
そしてミラーのアドバイスを受けているうちにワッツはこれはミラーが
叩いたほうがいいと進言したらしいです。ミラーにいろんなことを
学んだとチャーリーは言ってます。
また同世代のドラマーではジンジャー・ベイカーは完璧、
ジョン・ボーナムは見た中で一番凄いドラマーだと言ってます。

天国でも8ビートのグルーヴを!
そして、元々ジャズドラマーで
自分のジャズ・バンドでも活動していたから・・
4ビートのグルーヴも!

写真はBetween The Buttonsのアルバムより
カテゴリー: ミュージシャン
(2021年02月12日)
投稿者:suoyon
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CHICK COREA

チック・コリアが79で逝ってしまった・・・いやいやいやいやこれはショックだ。
どうしよう、、、とりあえず、とりとめもなく書くしかない・・

1970年代はじめにバンドRETURN TO FOREVERで来日したコリアは
渋谷ヤマハにバンドメンバーでやって来た。アルバムの発売記念の
プロモーションだった、と思う。その時サインをもらって握手してしまった。
サインもらうことにそんな興味ないほうなんだけど。
(アイアート・モレイラ、フローラ・プリム、スタンリー・クラークのサインももらった)
そんなミーハーな思い出もねえ・・・チックさんいないのか。

チックは単にジャズ・ピアニストじゃなくて作編曲家としても半端なく半端なく半端なく凄い。
ジャズ史上でも演奏家作曲編曲家でその両方でこれほどの才能ある人はそういない。
それも抜群に独自性が抜きん出ている。
メロディ、リズム、ハーモニーのどれをとっても自分のこだわるオリジナリティがあり、
理論的にも超優秀。モード手法のことを完全に理解できてる超才人。
優れた演奏家はアレンジャーには行くがチックはメロディ、その歌心があるのも凄い。

昔ハービー・ハンコックとピアノデュオでバルトークPiano曲集『ミクロコスモス』の中の
「OSTINATO」を弾いたライヴを武道館に観に行ったけどリズムキープにグルーヴが
あって気持ちよかった。このグルーヴはジャズやラテンやってないと無理だ。

クラシックピアノを学んだのちにジャズに行ったのだろうけど、
このリズムのグルーヴ感は凄いし、尚且高音でのスタカート的に散りばめるフレーズの
オリジナリティはチックならでは。ハンコックは「なんでも来い」タイプの職人肌で
ポップのバックからファンク、ジャズと、やはりすべてにレベル高いけどチック・コリアは
受け身というより攻める人っていう感じで、すべてに自分の強烈な色がある。
ただ普通のロックやR&B系のテイストはない・・まあなくていいです、ここまで独創性あるし。

キース・ジャレットが陶酔型で40~50分のソロの即興ライヴとかで熱いがチック・コリアは
やればきっとできちゃうだろうけど絶対そういうことはしない、
絶えず客観性があって感情に流されるままの即興はない。
ジョー・ザヴィヌルも作曲家キーボーディストで実はザヴィヌルのほうが好きなんだけど、
ピアノの技術はチックのほうがね、まあそれは持ち味でいいんだけど。
そしてアイデアに溢れている人なので多作。
70年代には1年に4枚アルバム出してすべてオリジナル曲って、
並の創作エネルギーじゃ無理。
アヴァンギャルド時代のARCもあれば
サービス精神のある楽しいアンサンブルもある。
ただそれも手抜きしているわけではなくレベル高い。
写真のアルバム『NOE HE SINGS,NOE HE SOBS』(1968)は27歳で
作曲、演奏していると思うと超超超凄すぎ。
ビル・エバンスの影響から脱してモード・ジャズのピアノトリオの最高傑作だと思う。
ミロスラフ・ヴィトウスのベースも良い。この頃のチックはモードともう一方の流れ
フリージャズや現代音楽の影響もあり『IS』は現代音楽風。

『RETURN TO FORVER』(1972)で保守的なジャズ評論家にコマーシャルに走ったと
言われたがやってることは和声もリズムも凄いし、メロディアスな曲もあって他の追従を許さない。
この表題曲の和声がめちゃ好きで4度や2度の使い方が印象派的な終止感に行かないムードが
めちゃ素敵、アイアート・モレイラのドラムも好き。
確かに直前にやってたアヴァンギャルドのバンドARCが経済的に失敗したので方向変えたのかもしれない。
売れるようなことやってもだいたい売れないのがこの世界。
売れたのは流行に乗ったとかを超えてやはりチックの音楽に魅力あったからだ。
ブラジル系のリズムやスパニッシュテイストも彼のオリジナリティに融合されて
独自の音世界を構築していた。その後はクラシックも取り入れている。
マイルスの『IN A SILENT WAY』『BITCHES BREW』という
僕の最高に好きなアルバムに参加している、というかそこでもチックの和声感が凄い好きなのだ。

ピアノソロ『PIANO IMPROVISATIONS VOL.1&2』は短い即興音楽集で
これがまたアイデアに満ちていて素晴らしい。
Lydian Flat 7th Modeでの作曲を知った時には衝撃的でした。

チックはクラシカルなアプローチもありクラシック系でもチックの曲を
演奏するような時代にもなったけど、やはりリズムのグルーヴがないとダメだと思う。
そしてそのリズムのグルーヴ感は勉強、練習だけでは無理な範疇だからだ。
ジャズ、ラテン、R&Bなどのブラックミュージック・ルーツの音楽が
好きでないと身体性みたいなもんで身につかない気がする。

チック・コリアが逝っちゃったのは残念を超えて、
なんかあの1970年代ころ学んだ僕らの時代の音楽が過去のものに
なっちゃうような気がして(勿論音楽は残っていくんだけど)あまりにも悲しい。
20歳のころアンジャズスクールのアレンジコースで学んでたとき、
仲間とよくチックの独自性について話し合ってたのが懐かしい。
チックの音楽から多くのものを学んだ。
心よりほんとうに心よりご冥福をお祈りします!!!
カテゴリー: ミュージシャン
(2021年01月09日)
投稿者:suoyon
南正人


シンガーソングライター南正人さんが亡くなった。
1990年頃だと思うけど環境問題の慈善ライヴに僕が参加していた
バンドVOICE FROM ASIAで数曲南さんのバックを務めた。
フォーク、ロック、レゲエとかの70年代初頭の雰囲気の音楽。
リハスタである曲の譜面にタイトルが書いてなかったので
ガッチリした風情の南さんに聞くと「ありんこ!」って、
そのギャップが面白かった。優しい人柄だったと思う。
まだ76歳なので今やその歳での死は
早いのでとても残念だが、
ライヴ中に倒れて亡くなったので、歌手が舞台で逝った、
っていうことでしょうか。悲しいが本望かもしれない。
天国で続きを歌って下さい!歌ってるね!
カテゴリー: ミュージシャン
(2020年08月02日)
投稿者:suoyon
ピーター・グリーン73歳で逝去。

Peter Greenは僕が中学から高校時代によく聴いたジョン・メイオールや
グリーンが作ったバンド、フリートウッドマックで活躍したギタリスト。

イギリスでのブルースの開拓者ジョン・メイオールのブルースブレイカーズでは
エリック・クラプトンの後釜として19歳で加入、グリーンの後がミック・テイラー
というイギリス屈指のブルースギタリスト列伝になる。もう一方でヤードバーズ系では
エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジとなっていてその両方に
クラプトンがいる。ちなみに末期ヤードバーズがバンド名をレッド・ツェッペリンにする。

ピーター・グリーンがメイオール時代に演奏したブルース曲のアドリブを
耳コピしたのが僕のはじめての耳コピかもしれない。
グリーンの奏法はクラプトンほどのレガート感ではないが白人らしいまとまった
センス良いブルーススタイルでスライドもマスターしている。

フリートウッド・マック時代のアルバム『English Rose』はジャケットが超目立つものだったが、
内容はイギリス人のブルース解釈の延長みたいな感じ。特に「Black Magic Woman」という
グリーン作のブルースが超かっこいいが、その後サンタナがこれをわかりやすいちょい泣ける
ラテンブルース風にして世界的大ヒットになった。僕も10代の頃やってた。
今聴くとグリーンのは渋くて大人っぽい。しかしこの頃のグリーン、クラプトンやミック・テイラーなど
10代後半で、まだまだ一般的でなかったアメリカの黒人音楽のブルースというスタイルを
完全にマスターしているところが驚きだし、凄い。

ミック・ジャガーもシカゴチェス(インディレーベル)のマディ・ウォーターズの
アルバムをアメリカから通信販売で取り寄せてるマニアックな渋い少年だったと言える。

何が当時のイギリスの一部の若者をブルースというマイナージャンルに走らせたのか?
そしてそれがロックという大きなムーブメントに発展したのか、興味深い!
また60年代後半にはイギリスは一気にロック超えをして
ジョン・マクラフリンなど超ジャンルなギタリストを生み出しているのも面白い。

ピーター・グリーン、1970年代にはフリートウッド・マックを脱退、
バンドはブルースからソフト・ロック路線に変わり超売れた。
グリーンはドラッグでほぼ引退状態が長く続き1990年代に復活。
1998年のアルバム『The Robert Johnson Songbook』は基本的に
アコースティック系なサウンドでどこまでも渋い。
ジャムセッションではなくきちんとアレンジしたサウンドだし、ピアノの雰囲気もわかりやすくて良い。
言うまでもない1930年代のブルースカリスマ、ロバート・ジョンソンの作品をリメイクした。

これは聴きやすいし、いきなりロバジョン、マディ・ウォーターズ、ジョン・リー・フッカー、
ライトニン・ホプキンスなどホンマモンの黒人ブルースじゃ濃すぎる方々にはオススメのブルースアルバム。
フリーやバッドカンパニーで活躍したポール・ロジャースが「Sweet Home Chicago」を歌っているのも嬉しい。
ストーンズで有名な「Love In Vain Blues」「Stop Breakin' Down Blues」も新たな解釈している。
凄いギター・ソロとかはなくて・・・
若い頃一世風靡し、ドラッグで隠遁し、復活した枯れた白人ブルースマンっていう趣がなんか人生を感じちゃう。

マーチン・スコセッシ製作総指揮の7本組作品『BLUES』にもあるようにBLUESの聖地は
ブルースが誕生した19世紀末アメリカのテキサス東部からミシシッピ州にかけての当時の
綿花畑地帯のプランテーション、その後ニューオリンズでピアノ中心にジャズ誕生への橋渡し、
第一次大戦後労働力が流入したエレクトリックブルースの発祥地シカゴ、
そして勿論アフリカに根本的源はあるとして、もうひとつが1950年代末から1960年代の
イギリスロンドン。なぜかアメリカで一時廃れてしまったブルースを蘇らせたのが
ロンドンやその周辺辺りの若者達、それがジョン・メイオール、エリック・バートン、
エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ブライアン・ジョーンズ、ミック・ジャガー、
キース・リチャーズ、ピーター・グリーン、スティーヴ・ウィンウッドたちで1950年代に
イギリスで流行ってたスキッフルに背を向け若いのに渋い黒人ブルースに共鳴した、
というのがなぜか興味深い。ちなみにポール・マッカートニーはスウィングとかスキッフルが
根本にあるのでロックンロールあってもブルース色ない。

ジョン・レノンはチャック・ベリーが師匠だからロックンロールだけど、
マディ・ウォーターズとかそういう色はない。ブルースはリヴァプールまで届いてなかったのか!?
クラプトン、ピーター・グリーン、ジャガー&リチャーズはロンドン辺りの出身。

僕の世代はそういったイギリスのブルースに影響うけたのと、
アメリカのホワイトブルースの人たち、マイク・ブルームフィールド、アル・クーパー、
ポール・バタフィールドを聴いた。
ブルームフィールド&クーパーは60年代中期のディランのバックでも聴ける。

ピーター・グリーン(誕生日が一緒だ!)
さんにご冥福を祈るばかりです。
カテゴリー: ミュージシャン
(2020年05月13日)
投稿者:suoyon
浅野孝已


ギタリストの浅野孝已さんが逝ってしまった。

ゴダイゴ再結成の前の1980年代に僕はタケカワユキヒデさんの
CM曲を編曲してタケカワさんに気に入っていただき、
浅野孝已さんとも知り合った。その頃は
よくタケカワさん宅、浅野さん宅にもお邪魔した。

タケカワさんが「ある1曲をその3人3様に個々にアレンジしてみない?」
なんて言って3人でアレンジごっこしたりしたのは楽しき思い出。
当時80年代半ば、2人はすでにPCでの打ち込みをやっていた。
僕はドラムマシーンにあとは手弾きで制作。
「そのうち周防も打ち込みやるんだよ」なんて言われた、、やった。
その後僕はタケカワさんのソロアルバムにも編曲参加した。

また浅野さんはいち早くギターシンセを使用したり先駆的な部分も
あった。僕のスタジオワークにギターで参加してもらったりもした。
2歳上だし、当時すでにスターだった浅野さんタケカワさんは
兄貴のようにペーペーの僕に優しく交流してくれてた。
大阪スクールオブミュージックでもお会いした。

その遥か昔、1969年頃の日比谷野音での
「10円コンサート」
(内田裕也が主催し、まだマイナーだったロックを広める活動としてのライヴ)
に一番カッコいいブルージイなバンド「M」というのが出演したが、
浅野さんはそのバンドのギタリストだった。当時彼も18歳くらい。
日本のロック創世記から活躍していた。
ほんとうにお世話になり有意義な時間をありがとうございました。
トシも近いのにショックです。
ご冥福を、ただただ祈るばかりです。
カテゴリー: ミュージシャン
(2020年02月10日)
投稿者:suoyon
muratajaneiro

写真はコンポーザー、トロンボーン奏者、プロデューサーの村田陽一さんとのお昼のひととき。
尽きない音楽談話の時間でした。
村田さんはSolid Brassや自身のオーケストラ、ジャズ、ボサノバ、ポップとジャンルを超えて活躍するカリスマミュージシャン。
椎名林檎のブラス編曲や桑田佳祐のブラス編曲、紅白歌合戦にも幾つかのシンガーのサポートで超忙しく活躍されている。
自身のビッグバンドでは往年のジャズ名曲からジャコパスの曲と広いレパートリーでジャズへの多大なる愛を感じる音楽を作っている。また渡辺貞夫バンドでも音楽監督を務めた。

最近の僕が担当した映画「カツベン!」では演奏以外に俳優さんのトロンボーン、トランペット指導も頼んで、
茨城や千葉の早朝ロケ現場まで行っていただいた。感謝デス!
NHK「ひとモノガタリ」「にほんごであそぼ」でも吹いてもらっている。

写真のアルバムは、村田さんがブラジルのイヴァン・リンスと作ったアルバム「Janeiro」。
肩の力の抜けた大人のボサ、ジャズなアルバム。トロンボーンセクションが柔らかく包むカウンターなどなるほど!と。
ウィル・リーや椎名林檎、金原千恵子らも参加している。
カテゴリー: ミュージシャン
(2019年01月29日)
投稿者:suoyon
EMANON
エマノンWS



「EMANON」WAYNE SHORTER

最も尊敬するコンポーザーでサックス奏者のウェイン・ショーターは今年86歳になるが昨年発表されたアルバム「EMANON」は超弩級!!の3枚組だ。80過ぎとは思えない、凄い。渋く枯れた味なんて全く無い、チャレンジに満ちたアートな音楽。CDはグラフィック・ノベルと音楽のコラボにもなっている。
音楽はショーター(sax)のカルテットにオルフェウス室内管弦楽団との合奏によるショーターワールド。管弦楽のフレーズにもショーターならではのメロディや高度な和声がふんだんに聴ける。オケ編曲はいわゆる職人的な安全な書きではないアグレッシヴ。これはミーハー向けには無理。普通の4ビートの酒飲み気分でBGMにするようなジャズではない。勿論これで酒飲んでもよい!とにかくショーターのアートの集大成か?!これをやらせたブルーノートレーベルのドン・ウォズ(ベーシストでブルーノート社長)もたいしたもんだ。
ショーターはアート・ブレイキーのあと1960年代はじめにマイルスのバンドに入ったけど、その時からすでにオリジナリティある作風を持っていて、その後もずっとそのこだわりの音センスを追及している。ちなみにEMANONってNO NAMEを逆から読んだもの。
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