カテゴリー: 音楽
(2019年12月01日)
投稿者:suoyon
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アンビエント音楽の先駆者、尾島由郎の音楽がインクルードされているアルバムがアメリカグラミー賞にノミネート!
https://dot.asahi.com/aera/2019112600013.html?page=2

その尾島さんとは1990年代にVoice From AsiaとBREW-BREWというバンドが青山のスパイラルレーベルでアルバムリリースの時にプロデュースしていただいた。そんな尾島さん・・是非受賞へ!(ノミネートだけで凄いことですが)
また尾島さんはピアニストの柴野さつきさん(さつきさんにもお世話になってます!)とのコラボレーションでも活躍。

写真は1993年に尾島さんのアルバム「HAND SOME」(Spiral Newsicレーベル)で、僕も参加してるんです。
1993年の段階ですでにコンピュータへのオーディオレコーディングに取り込み、ナマ音を再構成して
独自のアンビエントな音楽を作り上げている。青山Spiralのビルの館内の音楽も手掛けたり、
Spiral Newsicレーベルでのプロデュース、スーパーバイザー的に活躍されている。
カテゴリー: 音楽
(2019年11月24日)
投稿者:suoyon
マンドセロマンドラed


写真はマンドラ(左)とマンドセロ(右)で上にちょっと見えるのが普通のマンドリン。
マンドラとマンドセロは弦楽器で言えばヴィオラ、チェロ、といったところ。銀座山野楽器で見ていたら担当の方とお話してしまい、ちょっと弾かせていただいた。5度チューニングは難しい。それに高価な楽器だ。
そういえば2001年に映画「東京マリーゴールド」の音楽やった時に劇中にオルケスタシンフォニカ東京というマンドリンアンサンブルが出演していた。またもうすぐ公開の映画「カツベン!」では珍しく和智秀樹さんにマンドリンを弾いていただいた。ホンキートンクピアノ用に書いたフレーズを曲によってマンドリンに置き換えたわけなのです。和智さんのトレモロ、めちゃきれいでした。あんなに強く正確にトレモロ弾けないし・・・って単に自分のテクのなさですが。
あとマンドセロは昔、ウェザー・リポートのある曲のクレジットで見た。ザヴィヌルさんがその音色を求めたんでしょうね。ああザヴィヌル逝っちゃって何年だろう・・・
カテゴリー: 音楽
(2019年11月03日)
投稿者:suoyon
泉ハウス6.1


「Studio IZUMI HOUSE 1127」クローズしてしまった!なんか、そこ行けば泉君に会えると思う感じだったので寂しい。勿論ライヴや講師仕事等忙しい彼にそうは会えないけど。
ベーシストでオーナーの泉尚也さん6年間お疲れさまでした。リハスタではあるが若きミュージシャン、そうでもないミュージシャンが集う、知る人ぞ知る場所でもあり、
ここでプロデュースしたミュージシャンのアルバムもあるし、僕の映画音楽講座やミニライヴも行いました。

写真は6月に行ったときの写真、リビングルームはミニバーになっていてこの日はハートランドビール飲みつつ、アナログ・レコードを次々に聴いていった。
フィービイ・スノウとかクインシー「Tell Me a Bedtime Story」とか結局70年代のソウルとかロック、60年代のジャズとかね、おじさんというかジジイ好みのシブイ話は尽きなかった。
「Studio IZUMI HOUSE 1127」のサイトでは泉尚也のフレットレスベースの渋いプレイが聴けます。
カテゴリー: 音楽
(2018年10月24日)
投稿者:suoyon
1968地図



続き・・1968年音楽地図 日本篇
レコードコレクター誌の特集「1968年の音楽地図」だが日本の歌謡ポップ界はというと。グループサウンズ全盛期で今話題のジュリー沢田研二のタイガースは「ヒューマンルネサンス」というアルバムをリリース。ただGSが日本のロックかというと・・・だいぶ?がつく。

欧米ではベトナム反戦、学生運動、ヒッピーなど反体制な下地と、黒人のブルースがあってそれを反映させた面のロックだが、日本ではほぼ職業作家が書いた曲を歌ってヒットしていた。テンプターズなんかも最初メンバーの曲だったが2作目「エメラルドの伝説」(1968)は、なかにし礼、村井邦彦という作詞作曲陣で、ちゃんと事務所が絡んでヒットさせましょう、な流れになってる。スパイダースもムッシュかまやつさんの曲「フリフリ」がシンプルなロック風味から、次は「夕陽が泣いている」(浜口庫之助作)と売れ線歌謡へ。勿論これはこれでいい曲だ。ただ歌謡界の職業作家もまだ若く今後大御所になっていくプロセスの段階のようだ。今振り返ると面白い。

当時僕はハプニングス・フォーというバンドが好きで、その後自分も業界に入ってからそのメンバーのクニ河内さんとCMの現場でお会いすることができた。このバンドはコアな人に評価高いが、ブーガルーというリズムが流行った時にそんなレパートリーもあった。また業界入りした後1980年頃僕はムッシュかまやつさん(今年逝ってしまった)の事務所に所属してた。

そんな中、ジャックスとフォーククルセダーズは浮いているというレココレ誌の指摘は合っていると思う。事務所やレコード会社が進めるエンタメ的な音楽ではなかった。精神的にロックしていた。まだ吉田拓郎やハッピーエンドもユーミンも出てない時代。シンガーソングライターが日本にも定着するのはこの後。ただ加山雄三、荒木一郎っていう人たちは自作を歌ってた。

一方歌謡界の王道側では黛ジュン「天使の誘惑」がレコード大賞。いしだあゆみ「ブルーライトヨコハマ」が大ヒット、小川知子「ゆうべの秘密」、美空ひばり「真赤な太陽」。「真赤な太陽」はロックだとか言ってたような気がするけどロックではない。 伊東ゆかりの「小指の思い出」、、「あなたが噛んだ小指が痛い・・」なんていう出だし、凄いよね〜今思うと。昭和元禄という言葉も出た時代でしたね。
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(2018年09月09日)
投稿者:suoyon
レコードコレクターズ1968


「1968年の音楽地図」・・・レコード・コレクターズ誌がこの5月に特集した。そうかあれから50年経っちゃったんだ!
1968年、僕は中学生だったがポップ音楽に夢中だったし、その後の音楽人生に多大な影響を与えたのがこの1968年から1970年頃だ。またポップ音楽の隅っこにいたROCKというジャンルがポップ音楽のメインストリームになるのもこの頃からだ。社会的にはベトナム戦争が佳境に入り、反戦平和運動が世界的に高まる。サイケデリックブームやフラワームーヴブメントが終息していくのもこの年あたりからだ。マーティンルーサーキングが暗殺された。
Beatlesは一応健在、とはいえサージェントのようなアルバムを作るパワーはなくなってる・・解散への始まりか。Rolling Stonesはロックの最高傑作とされる「Beggards Banquet」でサイケから脱してアメリカのルーツ音楽と向き合った。「Beggards Banquet」を発売日に買いに渋谷のヤマハに行った。輸入盤の発売日だった。Jimi HendrixやCream、Jeff BeckといったBluesに影響受けた技術的にも進化したロック音楽が台頭。ジャズではMilesの問題作で大傑作「In A Silent Way」の前夜であり、Chick Corea「Now He Sings,Now He Sobs」というピアノ・トリオの最高傑作、レココレ誌は「ロマンティックじゃない」って書いてるけど、バカもの!そういうことじゃねえよって。でもスパニッシュ風の曲ではリリカルなロマンティシズム感じるけど。そしてスウィングしてない、イーブンで4ビートに乗るっていうことは重要な点かも。Herbie Hancockは「Speak Like A Child」というこれまたブラスを組み込みつつ知的なアンサンブルを書いた大傑作アルバムだし、この2枚はモード・ジャズの最高傑作でもある。Wayne Shorterは「Super Nova」の前夜・・・・とにかくロックやジャズが世の中の動きと連鎖して大きく変動するムーブメントの始まる年かも。
カテゴリー: 音楽
(2018年08月21日)
投稿者:suoyon
弦異抄ジャケed






NHKドキュメンタリー『ヒトものがたり』のエンディング曲は実は2005年の周防義和ソロアルバム『弦異抄・SLOW SLIDE SONGS』の中の曲「D-PLAIN-FOLK」という渋めのスローなロック曲なんです。
こちら
https://www.youtube.com/watch?v=i0qgCS9eN80&feature=youtu.beo:周防義和 Chorus&Chorusアレンジ:種ともこ Gtr、作詞作曲編曲:周防義和 スライドのブルース的なソロも納得の出来でした。13年前の曲を発見してくれたNHKに感謝デス。
和声ですが、下降するラインって好きなのでけっこうよくありますが、1969年のBLIND FAITHの「Can't Find My Way Home」(byスティーヴィ・ウィンウッド)に影響されました。
分析は自分で執筆した『僕らはROCKで作曲する』(滋慶出版)に詳しく書きました!
写真は『弦異抄・SLOW SLIDE SONGS』(ジャケットphoto:住井達夫)
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(2018年08月15日)
投稿者:suoyon
ギボウシ2018


今度の18日土曜日18時05分オンエアのNHK総合TV『ひとモノガタリ』のオープニング曲、エンディングテーマ曲を担当しました。
『ひとモノガタリ』はドキュメンタリー番組です。その後イレギュラーな放送で、オンエアは
【第1回】8月18日(土)[総合]後6:05【第2回】9月17日(月・祝)[総合]後6:05【第3回】9月24日(月・祝)[総合]後6:05 です。 
 写真は関係ないですが、うちの隣りとの境界線くらいに咲いたギボウシ。これも毎年あちこちに咲き始める、自然に。暑い日はこの紫が涼しさを醸しだしてます。
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(2018年07月09日)
投稿者:suoyon
ミツヤさん2018
ミツヤさんgtr



鈴木美柘椰ライヴ「The Music Will Cast A Shadow」
新宿のガルバホールというサロン的なスペースでコンポーザー・ギタリストの鈴木美柘椰ライヴを観た。
美柘椰さんとは以前(20年経ったかな)一緒に作曲家の集まりコンポーザーズミーティング(加藤みちあき、鈴木美柘椰、平岩嘉信と私が幹事)という活動(バンドではない)をしていた間柄。
演奏会のほうはエレクトリック・ギター独奏による演奏で、チック・コリア、ドビュッシー、ジョン・マクラフリン・マハヴィシュヌ・オーケストラ、ラベル、キング・クリムゾン、ジェネシスらのすべて難しい曲をなんとなんとギター独奏に編曲したという独自の音世界。時にループなどのエフェクター使用でひとりデュエットはあるもの基本的にソロの演奏が素晴らしかった。そして多くのCM楽曲の作曲でも知られた美柘椰さんのCM音楽、「リポビタンD」「日産シーマ」等もギター編曲による演奏、でも全然CMっぽくなくてかっこよかった。すべて座っての演奏はロバート・フリップのようでもあった。
どの曲も皆んなで楽しくとか安易なエンターテインメントさのカケラもない清々しさが残るライヴだった。1曲としてドミソで終止する音楽もなかったかも。ストイックで統一感に溢れた美柘椰ワールド。こういうことを続けられるっていうことは精神性の高さが必要だし、尊敬に値する。プログレ話も面白かった。作曲家の加藤みちあきさんやオンド・マルトノの原田節さん、ヴォーカリストのミネハハさんなども一緒だった。
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(2018年03月15日)
投稿者:suoyon
博多座舞妓はレディ2018


舞台版『舞妓はレディ』、福岡博多座で公演!
写真は中洲川端の博多座のあるビルの入口。
舞台版は映画とはまたひと味もふた味も異なる。休憩挟んで3時間20分の大作ミュージカル。歌のリメイクの仕方で興味深いのは「夜の終わりに想う歌」が構成を変え、数人のハモでのスタートで途中でセリフが入り、とか。またセンセ役が改めてこの曲でソロを取るversionもあったりで膨らんだ。「これが恋?」も間奏後再びサビを歌う展開に。キャストも映画とはすべて異なるのでニュアンス等も舞台ならではの世界観が成立した。博多座はとにかく素晴らしい劇場。ロビーにはたくさんのほんとうにたくさんのグッズやお弁当などが並び、その殆どに「舞妓はレディ」の帯がかけられお祭りのようでした。
ここらへんは中洲川端のオシャレなオフィス街と川端中央商店街という昭和なアーケードが混在していて面白い、隣りのリバレインというビルはめちゃオシャレな店が入っている。その1階のブックカフェでのお茶も良い。近くのお店「とり田」の水炊きは最高でした!
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(2018年02月07日)
投稿者:suoyon
stillcrazy

ポール・サイモンがツアー引退!


ポール・サイモンがツアーからは引退ですね。エリック・クラプトンももうツアーやらないし、70代に入ってちょい寂しい話題ではあります。
ポール・サイモンは何と言っても「Still Crazy,After All These Years」が最高!「まだオレはいかれてるよ」って言えなくなっちゃったのかな。サイモン&ガーファンクル時代のヒット曲は万人受けするキャッチーなヒットソングライターだったけど、それで終る人じゃなくてその後のソロからが彼の真骨頂だったと思う。また2006年のアルバム「Surprise」ではいわゆるキャッ
チ-なヒットタイプのメロディはないけど逆に散文詩的な歌が素晴らしいし、なんとブライアン・イーノによるソニックランドスケープが意外にも新たなサイモンの世界を切り開いた。最も知的なギタリスト、ビル・フリゼールも参加してる。ポール・サイモン、キャロル・キング、ジェームス・テイラーは3大シンガソングライターですね。ビリー・ジョエルも入れなくちゃかな。切りないけど。